« ■ 虚像の Positive Action | トップページ | ■ 使用上の注意をよく読んでお使いください »

■ kallikles さんへのお返事

前回の記事 <http://haseitai.cocolog-nifty.com/20/2006/07/_positive_actio_c836.html> について、kallikles さんから反応をいただいていた <http://d.hatena.ne.jp/kallikles/20060720> ので、それへのお返事。といっても、きちんと説明を書くほどの余裕はないので、場所によっては、関連するキーワードだけをかかげてあります。

以下、引用はすべて http://d.hatena.ne.jp/kallikles/20060720 からのものです。注番号はすべて省略。〔〕内は引用者による補足。引用文中にさらにブロック引用がある場合、当該ブロック引用の段落はじめに > をつけて示しました。

企業が究極的に目指そうとするものが(労働力を効率よく使って)利潤をあげること(だけ)だとすると(おそらくそうだろう)、雇用機会均等法のような法律が必要なのはなぜだろう。

→「統計的差別」

完全に利潤の追求だけを目標とする企業にとって、自発的に男女均等を実現しようとする動機はあるんだろうか。さっき書いたように賢い企業は優秀な女性を優秀な男性と同じように最大限使おうとするだろうが、現に使っていない会社は単に賢くない会社なのか、それともなんらかの理由で使いにくいのか。もし(単なる偏見ではなく)なんらかの理由で女性を使いにくいと判断しているのだとしたら、その企業が「自主的に」女性を使うようになる動機や誘因はあるのだろうか。

その「なんらかの理由」はなんなのか、その理由は除去可能なのか、ということを研究してきたのが、「女性活用」論なのです。「女性」を「コンピュータ」とかに置き換えてみるとわかりやすいかも。

あるいは、 →「イノベーション」

もうひとつ。私は国会での議論というよりは、世論の形成なり論壇での論戦なりそういうのを考えていた。総合雑誌とかほとんど(いや、ぜんぜん)読まないのでわからないのだが

総合雑誌のことはよくわかりません。経営学関係では、「女性活用」(今日でいうポジティブ・アクション) に関する議論は相当の厚みを持っていたはずです。

まあああいうのをアファーマティブアクションやポジティブアクションと思いこんではいけないというのはその通りなのだが、まさに実態がわかりにくいのが困りの原因なのだと思う。

「実態がわかりにくい」というのはそのとおりなのだけれども、それは就職活動というもの一般にいえることなのです。そういうときにどう対処すべきか、というスキルを欠いたオーバードクターが量産されているのは、相当まずい状況です。そういうことにならないように、きちんと進路指導なりキャリア教育なりをする、というのは、大学という教育産業にとって重要なことだと思います。

性を基準として優遇措置をとるのは、「個々人は所属するグループではなく、その人の価値によって判断されるべきである」という平等の原則に反しないか

答えはわかりきっていると思いますが……

>もうひとつ。「形式的平等」とは、性別そのものが基準として使われない、というだけの意味なのだろうか。それとも、irrelevant な要素がまったく基準として使われない状態を指すのだろうか。それとも、さらに、relevant な要素がその relevance に応じて評価されることまで要求するのだろうか。

これは最後の一文がうまく理解できなかった。ふたつ目と三つめの差が私にはわからない。

えーっと、ふたつ目は間接差別や同一価値労働同一賃金 (の通常のバージョン) を念頭において書いたものです。三つめは、それ以上のものを要求する場合 (たとえば同一価値労働同一賃金論において、賃金率を職務評価得点に比例させるべきだと主張するような場合) を念頭においています。

>たとえば、おなじ会社に雇われておなじ仕事をしている男性Aさんと女性Bさんがいるとしよう。 Aさんは、雇用保障があり、社宅が供給され、社会保険料が会社から支払われ、退職時には退職金が支払われるという雇用条件で雇われている。逆にBさんは、雇用保障がなく、社宅にはいる権利は与えられず、社会保険料を自腹で払い、退職しても退職金は出ない、という雇用条件で雇われている。仕事上の能力は、B さんのほうがAさんよりもはるかに高い。この状況で、AさんがBさんよりも高い賃金を受け取っていると仮定しよう。ただし、この会社がAさんに高い賃金を払っている理由は、Aさんが男性だからではなく、「正社員」だからというものである。この場合、「形式的平等」が実現されているといっていいのだろうか?

これは難しい。私は給料や保障は貢献に応じたものであるべきだと思うので(つまり、能力というか業績や実績が給料や保障についてrelevantだと考えるので)、上の状況は実際不正に見える。しかし、正社員で雇用するかそうしないかが公正に開かれていれば形式的平等が実現されているとみてもいいんじゃないだろうか。上の例が不正に見えるのは、正社員としての雇用が公正ではないからではないだろうか。なんか誤解してる? (Bさんはそんな会社はやめてもっといい会社を見つけよう、とかではだめなんだろうな。)

そういう混乱をさけるために、まえもって「形式的平等」の定義を問題にしておいたのですが……。もし「性別そのものが基準としてつかわれなければOK」という立場をとるなら、正社員/非正社員としての雇用において性別による選別がおこなわれなければ、それで「形式的平等」が満たされることになるでしょう。しかし、「irrelevant な要素をもちこんではならない」という立場をとるなら、すでに雇っている社員に雇用保障をあたえることで新規求職者より有利なとりあつかいをすることや、「正社員か否か」によって賃金をかえることが、形式的平等を損なっていないか問わなければならないはずです。さらに、「relevant な要素がその relevance に応じて評価される」ことまで要求するのであれば、雇用保障や各種の福利厚生を放棄している非正社員に対しては、そうでない正社員よりも高い賃金を支払うべきでしょう。

時には単純化して原理だけを考えてみる価値があることもあるような気がする。affirmative action一般における優遇措置の正当化はそういう問題だと思う。

その議論は、すでに決着済みだと思うのですよ。雇用一般についての、採用や昇進における直接的な優遇措置については、「正当化は場合によっては不可能ではないが、たいていの場合は困難である」というところで落ち着いているでしょう?

一方で、じゃあ形式的に「差別を禁止します」と決めておけばそれだけでいいかというと、そうもいかない。より積極的な方策で、でも形式的平等を尊重した範囲で、いろんなことをやってみようというのが現在「ポジティブ・アクション」と呼ばれているものなので、実態として何をやっているのかを抜きにして議論はできないでしょう。

男性が女性に比べて経済力が求められるのはほとんどの文化で共通だと思う。したがって単に(「恣意的に変更可能〔」〕という含みでの)文化や制度の問題ではないかもしれない。

この手の批判は、現在の政策的な議論に対しては、意味のないものです。現在の日本の男女平等政策は、「男性が女性に比べて経済力が求められる」こと、その裏返しとして「女性が無償労働に従事すること」を前提としてできています。だからこそ、育児休業制度やパートタイム労働法制が「男女平等施策」として位置づけられているわけで。男性の働き方をM字型にするとか、female-breadwinner household を増やす、とかいうことは、そもそも政策目標にあがっていないのです。

現在の男女平等論というのは、そこのところを割り切ってしまって、「男性が経済力を求められる文化はそのまま存続させる」という前提のなかで、格差を縮小させることのできる現実的な手段をいろいろ編み出してきたわけです。最近流行 (?) の「弱者男性」論が説得力をもたないのは、そうした現実的な手段の提言をもたないためなのだろうと思います。もっとも、誰かを説得して世の中をかえていこうという話ではそもそもないのかもしれませんが。

ふと大沢真理先生の『男女共同参画社会をつくる』を読み直してみる……

p.184。男女共同参画基本法を説明している個所。

>積極的改善措置とは、社会のあらゆる分野の活動に参画する機会において 男女間に格差がある場合に、その格差を改善するため、必要な範囲内で、その機会を男女の一方に積極的に提供することを言う(第二条)。たとえば審議会について女性委員の登用を促進すること、 官公庁が女性職員の採用・登用を計画的に進めていくことなどが含まれる。 いわゆるポジティブ・アクションまたはアファーマティブ・アクションである。

私はこの本は読んでいないのですが、上記の引用個所からわかることだけについてコメント。

「審議会について女性委員の登用を促進する」という部分は、要するに、政治的意思決定にいたる手続きの場を男性が独占しているのはまずい、ということでしょう。この場合、個々の委員候補者についての情報だけでなく、委員会全体の性別構成がどうなるかを考慮して人選をおこなわなければならない、ということになります。通常の雇用一般における採用・昇進が最適な人材を選ぶことだけを目的とするのとは、そもそも relevance が異なるわけです。

「官公庁が女性職員の採用・登用を計画的に進めていく」というのがどういうことなのかはわかりにくい。この部分の解釈次第では、官公庁が人を採用するに当たって女性を優遇している、という風にも読めないことはないです。ただ、実際にやっていることは、管理職レベルの公務員について、男女比が偏らないようにしよう、ということではないのでしょうか。「公的な意思形成」に関わる公務員について構成比を問題にするのは、上の審議会委員についてと同様、別段奇異なことには見えません。

|

« ■ 虚像の Positive Action | トップページ | ■ 使用上の注意をよく読んでお使いください »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■ kallikles さんへのお返事:

« ■ 虚像の Positive Action | トップページ | ■ 使用上の注意をよく読んでお使いください »