■ 使用上の注意をよく読んでお使いください
http://macska.org/article/154#comments で議論していたらコメント欄全削除されてしまったので、ここに転載。
タイムゾーンはたぶん GMT-08:00。 macska.org の仕様で、コメントとトラックバックが入り混じっているが、そのままコピーした。
19 件のコメント - “井上輝子氏「『ジェンダー』『ジェンダーフリー』のつかわれ方」脚注に見る山口智美さんへの怨念”
このあと、つぎのように書き込もうと思って準備してたら、書き込む前にコメント欄をばっさり消されてしまった。日本時間で 2006-09-20 12:30 ごろだったと思うので、GMT-8:00 にすると 2006-09-19 19:30 ごろ、最後のコメントの4時間くらいあと。
私の書き込みのせいで電気屋さんの書き込みまで消されてしまうのは心苦しいので、もうひとこと書いておきます。
電気屋さんの質問の趣旨は、明快だと思うのですよ。要するに
(1) "gender-free" で通じないなら "gender freedom" といえばいいのではないか
(2) 文法的な性を持たない言語を "gender-free" と形容してよいか
これに対して、どちらも「No」だ、というのが私の回答であるわけです。
英語のよくできる macska さんが「Yes」という答えをお持ちであるなら、そのように回答されればよいのですが。
この前に tpkn さんからの書き込みがあったのをみているが、それは保存していない。「数日内」っていうから、油断してたわ。
私の自己評価としては、(2) の回答にはそこそこ自信があるけれども、(1) の回答には自信がない。私は英語をよく知らないので。ただ、"gender freedom" で通じるのだとすれば、「ジェンダーフリーはジェンダーフリーダムの短縮形です」といえばすむ話。和製英語だからどうこう、という議論にそもそもならんはずだという気がする。英語をよく知ってる人の助力を請いたいところである。
んで、本題。「制度ではなく心のもち方の問題にすり替えた」と macska さんがいっているのに対応するのは、山口智美さんの論文のつぎの部分であろう。
事の発端となった、東京女性財団ハンドブック『Gender Free』(1995)からさわりを引用しよう。
「男女平等という用語は、これまでおもに制度や待遇面での、男女間の不平等の撤廃をテーマにして使われてきましたが、最近ではそうした不平等問題の背景にある、人々の『心』のありかたに関心が払われるようになりました。・・・性別に関して人々が持っているこうした『心や文化の問題』をテーマにするために、このハンドブックでは「ジェンダー・フリー」というコトバを使っていくことにしたのです。」(p.6)
ここでいう「ジェンダー・フリー」とは、性差別撤廃のために制度を変えていくことより、むしろ個人の心の持ちように還元させ、変革の志に背を向ける言葉だった。
山口智美 (2004-2005) 「「ジェンダー・フリー」をめぐる混乱の根源」 <http://homepage.mac.com/tomomiyg/gfree2.htm>
「人々」を「個人」にすりかえてるのは、ご愛嬌。だけど、この『Gender Free』からの引用文を「制度を変えていくことより、むしろ個人の心の持ちように還元させ」と評しちゃうのは、能力の問題なのか、誠実さの問題なのか……
それはともかく、(狭義の)「制度」と「心や文化の問題」をきりわける、という『Gender Free』引用部分の発想は、なかなかである。 (狭義の)「制度」については「平等」という目標設定が有効であるが、「心や文化の問題」についてはそうはいかないので、あらたな目標設定が必要になる。そのあらたな目標をあらわすことばとして「ジェンダーフリー」をえらびました、と書いてあるわけ。
(狭義の)「制度」の上で形式的平等化をいくらすすめても、伝統的な文化が人々の行動を強力に統制している状態では、実質的な不平等が継続してしまう。これに対抗するためには、伝統に反する (あるいは破壊する) 行動をとることを容認する態度が市民の間に共有されている必要があるわけだ。こうした目標設定自体に落ち度があるとは私は思わない。
この目標をあらわすことばとして「ジェンダーフリー」が適切か、との批判はあるかもしれない。たしかに、「寛容」とか「多元主義」とか「多文化主義」とか、対案はいろいろあげられる。だけど、人口に膾炙する性能、という点において、これらのしゃちほこ張ったことばが「ジェンダーフリー」よりすぐれているといえるだろうか。また、伝統に反する行動を容認する態度を涵養するという発想はそもそも保守主義と原理的に対立するのだから、どういうことばをえらんだって保守派からの攻撃は減らんだろう。
結局、「ジェンダーフリー」運動に落ち度があったとすれば、「心や文化の問題」に関する目標設定だったはずの「ジェンダーフリー」を、(狭義の)「制度」の問題にまで持ち込んでしまったところだと思う。能書き (東京女性財団 1995, p. 6) に
- 効能: 人々の『心』のありかた、心や文化の問題
- 禁忌: 制度や待遇面での男女間の不平等に対しては、「男女平等」をお使いください
って大書してあるというのに。みんな読まなかったのね。
最後に。その肝心の
東京女性財団ハンドブック『Gender Free』(1995)
というのが、 国立国会図書館OPAC でひっかからない。 東京女性財団 でも、 東京都立図書館 でも、 女性と仕事の未来館 でも、 ドーンセンター でもだめ。私が検索方法をマスターしてないせいである可能性が高いけど。
http://www.apio.pref.aomori.jp/gender/library/booklist_03.html にあがっている、つぎのものがそれなんだろうか。
- タイトル: Gender Free 若い世代の教師のために
若い教師(主として小学校)の方々と、これから教師を目指す学生の方たちに、(1)わたしたちの周囲にある「ジェンダー問題の重要性に気がついていただくこと、(2)明日の社会を担う子どもたちのために、あなた自身に、いっそう「ジェンダー・フリーな教育」の視点を深め、実践を勧めていただくことを期待して作成。
- 著者: 財団法人東京女性財団著
そうだとすると、 http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=BA32350232 と同一?
こういうのが同定しにくいのは、なんとかならんのだろうか。 Webcat の ID を書く (すぐ上のやつだとすると BA32350232) というのがけっこういいと私はおもっているのだけれど、国立国会図書館の ID でもいいかもしれない。というか、どこの図書館のでもいいから、図書館名と ID を書いておいてくれれば一発なんだが。
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コメント
うーん、「Gender Free」を読むと、制度上の改革はほぼ完了しつつあるから、これからは意識や文化の問題だ、みたいなことが書いてあるんですよね。それを「制度改革ではなく人々の意識」とまとめるのは、それほど外れていないと思うんですけど。
投稿: macska | 2006-09-21 00:10
とりあえず、山口論文における引用文の解釈ないし引用部分の選択がまちがっている、という点はよろしいでしょうか。
それ以前に、日本語をよく知らない人は辞書と文法書をよくみてちゃんとした文章を書いてください、と声を大にしていいたい気分なんですけどね、私は。
投稿: 田中 | 2006-09-21 12:24
引用文だけでなく、パンフ『Gender Free』と、その作成についての東京女性財団による報告書と両方をみての解釈なんですが、、ネット掲載の、ご引用いただいている私の文より、『バックラッシュ!』所載の拙文のほうがもう少し詳しく書いてありますのでご参照ください。
ちなみに、「日本語をよく知らない人」って私のことをさしておられるのでしょうか?
東京ウィメンズプラザ資料室には、このパンフも報告書もはいってますよ。先日私が閲覧したばかりですので、確実です。
投稿: yamtom | 2006-09-22 01:13
>引用文だけでなく、パンフ『Gender Free』と、その作成についての東京女性財団による報告書と両方をみての解釈なんですが
結局、その「解釈」をうらづける引用は論文中でおこなわれていない、ということですよね。それならこの件はこれでおわりです。
で、つぎに問題になるのは、その「解釈」がどういう内容のものなのかが当該の文
>ここでいう「ジェンダー・フリー」とは、性差別撤廃のために制度を変えていくことより、むしろ個人の心の持ちように還元させ、変革の志に背を向ける言葉だった。
では確定できないということです。「誰に」「何を」還元させるんですか? そもそも「還元」ってどういう意味ですか?
>ネット掲載の、ご引用いただいている私の文より、『バックラッシュ!』所載の拙文のほうがもう少し詳しく書いてありますのでご参照ください。
参照しました。手口はおなじですね。たとえば p. 248 で、「次第に整ってきている」が「ほぼ達成された」にすりかえられています。学術書じゃないからテキスト解釈の厳密さはどうでもいい、とは私は考えません。yamtom さんが別の考えをもっているなら、どうぞご自由に。
>ちなみに、「日本語をよく知らない人」って私のことをさしておられるのでしょうか?
http://homepage.mac.com/tomomiyg/gfree2.htm の執筆・編集に関わった人のことをさしています。この論文中でいちばんひどい文は上記の「ここでいう……言葉だった。」だと思いますが、それ以外にも、
(1) 複文のつくりかた
(2) 動詞の用法
の知識に難があるのだろうと感じさせる文がいくつも出てきます。該当のかたに、つぎの2冊を推薦しておきますね。
益岡 隆志 (1997)『複文』くろしお出版 (ISBN 4-87424-139-5)
小泉 保 (ほか編) (1989)『日本語基本動詞用法辞典』大修館書店 (ISBN 4-469-01225-4)
>東京ウィメンズプラザ資料室には、このパンフも報告書もはいってますよ。
出版元にいかないと入手できないようなものは、もはや「出版物」とはいわん……。すくなくとも国立国会図書館には納本しないといけない (http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/deposit_01what.html を参照) のだから、NDL OPAC でみつからないのは変なのですけどね。だれのミスなのかはわかりませんが。その他の図書館についても、どこにも納本してないということはありえないと思うんですが……なんでひっかからないんだろう?
投稿: 田中 | 2006-09-22 13:03
でも、その『Gender Free』、 http://homepage.mac.com/tomomiyg/gfree2.htm での引用と『バックラッシュ』p. 248 での引用とでは、ずいぶん印象がちがいますね。とりあえず NCID=BA32350232 をとりよせ中。それでわからなかったら東京女性財団にといあわせよう。
投稿: 田中 | 2006-09-22 20:28
で、『バックラッシュ』247ページに出てくる、
ハンドブック作成プロジェクトの報告書『ジェンダー・フリーな教育のために』(東京女性財団、1995年)
というのは、これか?
http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=BN13076882
2巻本で2年にまたがってるというのが気になるところ。
投稿: 田中 | 2006-11-29 22:44

2006/09/14 - 00:30:18 -
英語に明るくないので教えていただきたいのですが、”free”と”freedom”は違いますよね?
当然”gender-free”と”gender=freedom”もまるで違う言葉なんじゃないでしょうか。
ためしに”gender-freedom”でググってみたところ9190件hitしました。
もう一点。
言語学の中での”gender-free”って名詞に性別が定められていない言語を示す言葉ですか?
たしか仏語だか独語だかはすべての名詞に性別があると聞きました。
だとすると、日本語にはそうした要素はありませんから、”gender-free”な言語である、といった用法でよいのでしょうか。
2006/09/14 - 22:52:09 -
[女性学]井上輝子氏脚注についてのmacska氏エントリーに…
macskaさんが「『ジェンダー『『ジェンダーフリー』のつかわれ方」脚注に見る山口智美さんへの怨念」というエントリーを書かれている。これについて若干思うところを書いて(more…)
2006/09/15 - 01:38:03 -
英語ネイティブでないですが、”value-free” と “value freedom” はあまりちがわないような (もちろん品詞はちがいますが) 気がします。同様に考えれば、”gender-free” と “gender freedom” もたいしてかわらないのでは?
2006/09/16 - 16:20:45 -
> 言語学の中での”gender-free”って名詞に性別が定められていない言語を示す言葉ですか?
「性抜きで(の)」ってことじゃないでしょうか。その意味では英語も日本語もおおまかにgender-freeな言語ですが、それでも自然科学的な性は反映されます。英語の場合、heとshe、waiterとwaitress、oxとcowのように、それが単語の違いではなく語形の違いとしてあらあわれるのは、元々性を持っていた印欧語の特徴を残しているといえます(日本語の場合はオスメスをあらわす語と組み合わせて別の単語をつくります=彼/彼女、給仕/女給、雄牛/雌牛)。
また、shipやcountryをsheで受けることがあるように、英語にも文法として明示されていないgender意識が残存しています。そういうのをやめてなるべくitにしようとか、chairmanなど、「人」をmanで表現している単語をpersonに置き換えようというのが、いわゆるgender-free writingでしょう。「ジェンダーフリーはジェンダーレスではない!」という主張はよくありますが、言語の文脈ではgender-freeとgenderlessは完全に同義でしょうね。
> ”value-free” と “value freedom”
value-freeはanomy(価値観の崩壊した混沌状況)と同義で、value freedom(自由を重んじる)とはやっぱり意味が違います。fat-free、sugar-freeとがfat-freedom、sugar-freedomという意味になりえないのと同様、本来はgender-freeとgender-freedomはすごくかけ離れた言葉ではないかと。新語として英語に定着する可能性もなくはないですが。
2006/09/16 - 18:40:28 -
>value-freeはanomy(価値観の崩壊した混沌状況)と同義
そんな用法があるのですか。Oxford Dictionaty of English にはのってません。ちなみに anomy の語源である anomos については、lawless と同義だとのっています。
>value freedom(自由を重んじる)
いや、value を動詞だと解すれば確かにそうなるでしょうが……。Google Scholar で “value-freedom” で引っかかるものをいくつかみたかんじでは、単に value-free の名詞形 (というか Wertfreiheit の英訳?) として使われているように思えます。
2006/09/16 - 19:10:04 -
> そんな用法があるのですか。
英辞郎を見ました。でもgoogleで用例を調べてみると、確かにvalue-free science(価値観を持ち込まない科学)のような使い方のほうが多いですね。そしてvalue-freedomは、おっしゃるようにその名詞として使われているようです。ただしどちらも「様々な価値を認める」「多用な価値観を持つ自由」という感じじゃなくて、「valueを持ち込まない」というニュアンスでは? gender-freeにおきかえれば、genderの観点を持ち込まないということであって、さまざまなgenderを尊重するとか、ましてや「自分らしく」というのとはかなり違いそう、ということでしょうか。
2006/09/16 - 20:59:38 -
とりあえず、value freedom は value-free の名詞形として使われている、という点はよろしいでしょうか。”sugar freedom” でも “fat freedom” でも “gender freedom” でも事情はおなじでしょう。一般に xxxx freedom は形容詞 xxxx-free の名詞形と理解してかまわないと思うのですが。
>英辞郎を見ました。
アルクのオンラインサービス http://www.alc.co.jp/ によると、「【形】 価値自由{かち じゆう}の、没価的」だそうです。
>さまざまなgenderを尊重するとか、ましてや「自分らしく」というのとはかなり違いそう
Value-free を使うときは、たいてい「科学らしく」という意味を濃厚にふくんでいますし、科学的な真偽判定以外の領域におけるさまざまな value を尊重する (それゆえに学問の中核部分では真偽以外の value からの freedom を主張しえる) という含意を持たせて使うものでしょう。
この辺の議論は「価値自由」で探すと山のようにあると思います。「没価」(あるいは「没価値」) はふるい訳語ですが、それなりにひっかかります。
2006/09/16 - 22:32:17 -
> value freedom は value-free の名詞形として使われている
はい、了解しました。勉強になりました。
> 一般に xxxx freedom は形容詞 xxxx-free の名詞形と理解してかまわないと思うのですが。
そのようですね。freedomという語がそういう使い方もできるというのは知りませんでした。ただ、いずれにせよsugar-freedomもfat-freedomも、砂糖や脂肪の量を好きなように自己決定できる状態のことではないですから(ないですよね?)、やっぱ日本のジェンダーフリーとはそぐわないような気もします。
2006/09/17 - 00:13:43 -
「価値自由」は、消極的な意味では、科学が真偽と論理性の判断のみに自己限定する状態を意味します。要するに、単一の「正しい」value とはなにかということの決定を放棄することなので、この意味では、「日本のジェンダーフリー」ときわめてちかい感覚の概念だと思います。
一方で、「価値自由」は、積極的な意味では、個々の科学者が、己がどのような value にしたがうかとその理路とを明確に (ここ重要) したうえで言論を展開する状態を意味するものとして使われます。この場合、value を gender に置き換えてみると、「ジェンダーフリー」ということばで表される内容以上の意味をふくむことになります。有斐閣『新社会学辞典』(1993年) の「価値自由」の項 (鈴木秀一、p. 201) から、「価値」を「性別」に置き換えて引用してみましょう:
「性別自由とは, 認識を支えている性別理念を明確にすることによって, 性別理念への自覚的ないし禁欲的な主体的関係づけ (知的廉直) を意味するものである。そうすることによって, 無限の認識素材を自己の内的性別から選択的に統制し, 意味づけることを可能にしようとするものである。」(注記号省略)
自己の gender をつきはなして知覚したうえで、それを基盤にして世界観を再構成する、というような感じになりますね。Gender consiousness というのがこういう意味で使われることがあるかな。
2006/09/17 - 01:41:26 -
ジェンダーが大きな役割を果たしているドイツ語やフランス語では、英語のような非ジェンダー化ではなく、逆に「女性」を明示化するべく積極的なジェンダー化が行われてきたのは面白いところです。つまり、従来多くが男性名詞だった職業名や社会的地位を表す名詞の女性名詞化が行われてきました(英語でいえば”chairman”に対して”chairwoman”という語を作ることに相当する)。
2006/09/17 - 01:46:15 -
>sugar-freedomも fat-freedomも、砂糖や脂肪の量を好きなように自己決定できる状態のことではない
デフォルトでコーヒーに砂糖とミルクを入れてくる喫茶店で、砂糖や脂肪の量を好きなように自己決定しようとおもったら、sugar-free, fat-free coffee をたのみますよね。この伝で行くと、不加逆変化を起こさないのが freedom である、という考えかたができるかもしれません。「何もくわえない」ということと「自由を保障する」ということとは、実はすごく近いのですよね。
2006/09/17 - 05:39:41 -
>田中さん
なるほど。今までsugar freeがなぜwithout sugarという意味になるのか、どうもfreeという語の持つ概念のようなものが把握できなかったのですが、だいぶわかってきたような気がします。要するに、たんにvacantなのではなく、自分でどうこうする余地を留保しているというニュアンスなのですね。そうなると、「gender-freeで通じる!」と言っていたハワイの人の言わんとすることも、わかるような気がします。
2006/09/17 - 08:41:34 -
>たんにvacantなのではなく、自分でどうこうする余地を留保しているというニュアンスなのですね
それはたぶんちがうと思います。共通点は「望ましくないものをとりのぞく」ということでしょう。虫歯や肥満の原因になる砂糖をとりのぞいたのが sugar-free であり、奴隷制や束縛をとりのぞいたのが「自由」という意味での freedom なのだと私は理解しています。ただ、望ましくないものをあとからくわえるのは勝手なので、選択肢がふえる結果になるだけなのではないでしょうか。
>「gender-freeで通じる!」と言っていたハワイの人の言わんとすることも、わかるような気がします
れいのるずかつえさんが言ってることについては (このエントリの引用部分を見る限りでは) macska さんの評価でよいのだと思います。ただ、日本流の gender-free ということばになじみがないにせよ、おなじ構造を持つ value-free ということばがすでに英語圏で流通している以上、そこから類推できんのかいな、という気がするのですよ。「ブラインドと混同される」とか「人々の意識の問題が強調される」とか批判をうけるところまで共通ですし。
ついでに、おなじ理屈でいけば、ethnicity-free とか race-free というのもじゅうぶん可能だと思うのですけどね。
2006/09/17 - 10:33:48 -
> それはたぶんちがうと思います。共通点は「望ましくないものをとりのぞく」ということでしょう。
まじですか!w
じゃあやっぱりgender-freeには断固として反対ですね。しかし実際には奴隷制とfreedomは長年両立してたので、その解釈はかなり独自のものなのでは?
2006/09/17 - 10:39:29 -
でもイラクやアフガンを見ているとやはりその解釈であってるのかも、という気もするw
2006/09/18 - 08:14:59 -
tpkn さん:
>じゃあやっぱりgender-freeには断固として反対ですね。
xxxx が「望ましくないもの」である必要はない、というところはご理解いただいているでしょうか。
>奴隷制とfreedomは長年両立してた
Oxford Dictionary of English (2nd ed., 2003) によると、freedom = “the state of not being imprisoned or enslaved” だそうなので、enslave されている人は定義上 freedom を持ちえません。
電気屋 さん:
第1の点については、gender freedom は gender-free の名詞形と考えてよいのではないかと思います。ただしくは、ちゃんとコーパス分析しないといけないのですけれど。
第2の点については、tpknさんの指摘どおり、日本語の名詞にも性別はあるといえばあります。が、文法上の性を一致させないと文が成立しない、というような制約はないので、grammatical gender はないと思います。が、それを gender-free というかどうかはわかりません。なお、言語学があつかうのは文法だけではありませんから、Japanese is a gender-free language などというと、日本語学の人にたぶんおこられます。小説等において話者の性別が終助詞で区別できてしまうくらい、性別による規範の強い言語ですから。→ http://en.wikipedia.org/wiki/Gender-neutral_language_in_non-Indo-European_languages
Josef さん:
>ドイツ語やフランス語では、英語のような非ジェンダー化ではなく、逆に「女性」を明示化するべく積極的なジェンダー化が行われてきた
それはしりませんでした。Gender-free writing じゃなくて、gendering writing ですか。
macska さん:
長々と枝葉の議論を続けてしまってすみません。「本題」についてですが、
>「制度ではなく心のもち方の問題にすり替えた」
「心のもち方」って、collective mentality なのか personal attitudes なのかわかりませんが、いずれにしてもそれは制度の一部でしょう。たぶん、「制度」を written rule の意味に限定して使ってるんでしょうが、そんな限定した対象だけを相手にして平等を達成できると考えるほうがどうかしてます。
2006/09/18 - 13:29:59 -
> xxxx が「望ましくないもの」である必要はない、というところはご理解いただいているでしょうか。
gender-freeとvalue-freeにおけるfreeの用法の共通点が《「望ましくないものをとりのぞく」ということ》という文章からそのような理解を導くのは不可能です(笑)。
> Oxford Dictionary of English (2nd ed., 2003) によると、
それは「2003年にはそのように定義されていた」という資料にすぎませんから、長年両立していた」の反論にはなりません。また、その辞書の定義では現在のアメリカ人が自国の状況をさしてfreedomと称するパラドックスを説明できません。しかし、あなたの説明は、その点を見事にクリアしていると思います(笑)。
2006/09/19 - 09:05:27 -
あのー、わたしがロスアンヘレスに行っている間に英語をよく知らない人が辞書をたよりにあれこれ解釈論を述べているのはご苦労様なんですが、好意的に言うなら「独創的」「想像力豊か」すぎます。こんなのを読んで信じる人が出てきたら社会の迷惑ですから、数日内に全部消します。取っておく価値があると思う人は(ないと思うけど)いまのうちに保存しておいてください。
2006/09/19 - 15:26:53 -
>「独創的」「想像力豊か」
ありがとうございます。
英語をよく知ってる人が反論かけばそれでいい問題だと思うのですが、ま、枝葉の議論なので、けしていただくのはかまいません。ですが、「本題」の部分は、のこしておいてくださるとありがたいです。