« ■ 人口学的見地からみた柳沢発言 | トップページ | ■ 大学教員の文化 »

■ 駄目論文の読みかた

浜井 浩一 (2004)「日本の治安悪化神話はいかに作られたか: 治安悪化の実態と背景要因 (モラル・パニックを超えて)」『犯罪社会学研究』29: 10-26 <http://ci.nii.ac.jp/naid/110006153656> について rna さんのところや gerling さんのところで議論していたのですが、どちらもコメントできなくなっているようなので、とりあえず自分のところに記事を書いてトラックバックします。

2000年の話は田中さんの誤解でしょう。少年法改正という「状況の変化」があったのが2000年なのです。

<http://d.hatena.ne.jp/rna/20080206/p1#c1203104927>

その問題は論文21ページ左側であつかわれているのですが、そこを読むかぎり、登場するのは「少年事件で子供たちを失った遺族で作る「犯罪被害当事者の会」のメンバー」「政治家」「被害者支援に関わる専門家たち」だけなのですね。つまり4重奏ではなく、「3重奏」なのです。

「被害者の利益・権利を擁護するロビー団体」が報道を変質させていく過程が論じられているのは、21ページ右側「また、被害者の再発見は、マスコミにも大きな影響を与えている」からです。彼らが「事件が風化しないように行政やマスコミに訴え続け」、その結果として、「犯罪報道を量的にも増加させ」た、と浜井さんは書いています。しかし、報道が沈静化したと図8から判断できるのであれば (ここが仮定であることに注意)、むしろ「彼らの努力にもかかわらず犯罪報道は量的に減少した」というべきではないでしょうか。これは純粋にマスコミによる報道の問題なのです。「気まぐれなマスコミの関心が移れば」(19ページ)、少年法が改正されようと、危険運転致死傷罪が導入されようと、「当該事件の風化」はさけられないのであり、それが「被害者にとって最も辛い体験」だとロビー団体の人々は考えている、と浜井さんは主張しているのだと思うのですけれど。

なぜ浜井さんがそのように考えているのかは、私にはよくわかりません。根拠がなにも示されていないので。注23にあるのはロビー団体の人ではなくて遺族自身のコメントだし、マスコミが当該事件を報道しつづけたからといって、当人にとって「子どもが思い出になっていく」のをとめられるものではないでしょうに。

誤差の話ですが、「ランダム誤差」といえば統計的誤差ではなく、測定誤差のうち偶然によるもの (偶然誤差) を指すと思います。この場合の測定誤差は検索語で誤ヒットした記事の数のことでしょう。検索にヒットした中の、海外の話や昔の話、創作の中での話など現代日本の治安イメージと無関係な記事の数が誤差であり、そのうち一定の傾向をもったもの (系統誤差) があるか、たとえば戦前の凶悪事件に言及する記事が期間中増え続けているなどということがないか、チェックしたよ、という意味に解釈できないでしょうか。

<http://d.hatena.ne.jp/rna/20080206/p1#c1203104927>

標本抽出にともなう誤差も、測定上の誤差も、どちらも「ランダム誤差」とよんで問題ないですよ。問題になるのは、等確率の発生メカニズムに起因するものかどうか、なのであって。

で、ランダムでないというのは、単調増加/単調減少のほかに、増えたり減ったりしているとか、特定の年だけ多いとか、特定の年だけ少ないとかいうのもふくみます。だから、「ランダム誤差とはいえない特別の偏り」がないというためには、全期間において一様分布から大きくははずれていない、ということをいわないといけないのですが、そんなことがありえますかね? ということです。アメリカで凶悪な殺人事件があったというような話題は、特定の年に偏るはずだろうと思うのですよね。 rna さん自身が指摘しているように、データベースに収録される記事数がそれ自体増加しているという要因もありますし。

そもそも、「誤ヒット」を浜井さんが識別してチェックしたのなら、当然、誤ヒットをとりのぞいたときにどのような傾向になるかを分析するはずです。しかし、それをやったとは書いてないのです。

もし、単にデータを目でざっとみて対象外になりそうな特定の話題が極端に増加していないか適当に判断した、という程度のことを「ランダム誤差とはいえない特別の偏りの発生についてチェックを行った」と書いているのだとすると、もはや「嘘」の範疇に入りますから、倫理的な問題になってしまいますね。

元々朝日新聞の記事の全数調査 (実際は違ったけど) なので統計的検定はやってないと思います。母集団を全新聞とする標本調査と考えるとしても、ランダムサンプリングじゃないので検定しても意味はないですし。

<http://d.hatena.ne.jp/rna/20080206/p1#c1203104927>

もともと知りたい対象はマスコミによる全報道なのであって、そのなかから朝日新聞によるものだけを抜き出したのだと考えるべきでしょう。

ランダムでない標本に統計的検定を使うのは、ひろくみられる慣習です。特定の授業に出席した大学生に対する心理学的な調査とか、有意抽出した企業に対する経営学的な調査とか。なんでそういうことをするのかというと、要は、数が少なすぎないかをチェックするためなのです。サンプリングによる偏りがなくて全ての誤差はランダムに発生している、という超大甘の仮定をおいてすら誤差の範囲におさまってしまう程度の少数のケースでの変動をとらえて「増えている」などと主張されてもこまるので。だから、ランダムでない標本について統計的検定を適用することにも消極的な意味はあると多くの研究者は認めているのですね。もちろん、サンプリングによる偏りは別途検討しなければいけないわけですが。

なお、この論文の問題はほかにも山ほどあって、

  • 治安が悪い方向に向かっていると考えている国民は半分もいない、という調査結果をみながら「日本における急速な治安の悪化は、もはや既定の事実として多くの国民に受け入れられている」と書く (10ページ)
  • 治安悪化の根拠として認知件数の増加と検挙率の低下をあげている (11ページ) のに、これらの統計によって人々の意識が形成されている可能性を検討しない
  • 子供の死亡者数を分析するのに、少子化という要因を考慮しない (16ページ)
  • 新聞記事数を分析するのに、特定の年を基準とした指数だけを示し、件数を表示しない (18ページ)
  • 2001年の刑法改正について国会議事録を調べたと書いてあるにもかかわらず、その引用がまったくない (21ページ)
  • 何の根拠も示さずに、マスコミの報道に「被害者の視点を中心としたものが増え」たと主張する (21ページ)
  • 「おわりに」の第1文に、論文中でやっていないことをやったと書く (22ページ)
  • 「治安悪化」はさまざまな種類の犯罪によって引き起こされるものであり、「財産犯罪が緩やかに増加している」可能性があると認めているにもかかわらず、なぜか治安悪化は「事実ではなく神話である」(22ページ) と決めつける
  • 「治安悪化神話」の担い手であるはずの一般の人々を無視して「四重奏」論を展開する

なんというか、データ分析の一部にまちがいがあるというのではなくて、全体的に「この論文は信用しないでください」と言外に訴えかけるメッセージがちりばめられている、ある意味親切設計の論文。査読を通していない (多分) ことのメリットはこういうところにあるのですよね。こういうのを査読のプロセスにかけると、表面だけとりつくろって矛盾点をかくした文章にしあがってしまうので、駄目論文を識別するコストがあがってしまうのです。

gerling さんにもひとこと。

ちょっと、学会の信用自体が落ちますよねえ、これは。

<http://d.hatena.ne.jp/gerling/20080206/1202292065#c1202904809>

ひとごとみたいにいってないで、反論記事を書いて『犯罪社会学研究』にのせればいいんじゃないでしょうか。投稿規程 <http://hansha.daishodai.ac.jp/organ/> によると非会員は投稿できないみたいなんですが、ろくでもない論文を掲載してしまったことの尻拭いですから、交渉の余地はありそうに思います。 rna さんや vanille さん と共著で書くのが建設的かと。

|

« ■ 人口学的見地からみた柳沢発言 | トップページ | ■ 大学教員の文化 »

コメント

> ひとごとみたいにいってないで、反論記事を書いて『犯罪社会学研究』にのせればいいんじゃないでしょうか

あ、それは本気で考えました。誰か、その学会に入ってる先生に頼んで共同執筆者の肩書きを貸してもらおうと。余裕があったら書いてみます。

投稿: トニオ | 2008-02-20 10:07

いや、共同執筆でも全員、学会に入ってなきゃいけないのかも。

投稿: トニオ | 2008-02-20 10:42

>共同執筆でも全員、学会に入ってなきゃいけない
 たぶんそうだと思いますよ。ただ、身内以外からの批判記事を載せないなんて閉鎖的すぎないですか? とか、そんなもの本屋で売るなとか、言ってみるのは無駄ではないと思います。

投稿: 田中 | 2008-02-20 19:17

なかなかお返事できずにすみません。
先日釈明のメールを送ったのですが届いてますでしょうか…

>どちらもコメントできなくなっているようなので
容量打ち止めになったのかと思ったら昨日いちげんさんが書き込めてますね。
はてなの不具合だったのかも。

投稿: rna | 2008-03-07 02:35

rna さん:
>メールを送ったのですが届いてますでしょうか…
 もともとチェック頻度のひくいアドレスであるうえ、最近は99.8%くらいがSPAMというありさまになっていて、まったくめにはいっていませんでした。おくればせながら返信しましたので、ごらんください。

>容量打ち止めになったのかと思ったら昨日いちげんさんが書き込めてますね。
>はてなの不具合だったのかも。
 はてな仕様変更にともなう一時的なものだったようですね。

投稿: 田中 | 2008-03-14 17:10

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■ 駄目論文の読みかた:

« ■ 人口学的見地からみた柳沢発言 | トップページ | ■ 大学教員の文化 »